posted at 2007 8 31 11:50 AM | 車&バイク | comments (0) | trackback (0)


モトアグリツーリスモ
山形へ・・・
山形県大蔵村で始まったある新しい試み(取り組み)のこと
■(vol.13を再度エントリーしました)
モトアグリツーリスモという、
まるで聞き慣れない、
でも一度耳にすると忘れることのできない
どこか甘美な響きを持ったその言葉は、
なぜかオートバイ乗りのナチュラルな感性を
どこまでも刺激してやまない
不思議な力を感じさせる。
2007年夏・・・山形の大蔵村を舞台に、
いよいよ動き始めたMAgTという
その新しい試み(取り組み)の意味と意義について、
以下に少しフォーカスしてみたい。
今からざっと10ヶ月ほど前の2006年の11月、ぼくは山形の天童にいた。2005年にその山形へIターンし、一年間の農業研修後、2006年から独立して稲作をはじめたというGSの仲間の取り組みと成果を見せてもらうためだ。あいにくスケジュールの関係で、ぼくが訪れたときはもう収穫は終わっていたが、久々に再会した、ぼくよりひと回りも若く、まるで弟のような存在といってもいい仲間の、稲作にかける熱い思いに触れることができた2日間だった。そして、このコラムのタイトルにもなっているモトアグリツーリスモという、まるで聞き慣れない、でも一度聞くとその言葉が放つなぜか甘美な響きが耳について離れない、山形の大蔵村という小さな村を舞台に始まろうとしているその新しい試み(取り組み)について話すには、その前にこのGSの仲間のことを説明しておかなければならないだろう。
その仲間が「稲作群青」の川田和彦くんという人物だ。
ぼくが彼に初めて会ったのは、今からもう5-6年も前のことになるだろうか。彼は当時ぼくがよく寄稿していたBMWバイクスというマガジンの読者で、確かそこでぼくが主宰しているバカミーの集まりのことを知り「マツモトさんの集まりに今度ぼくも参加してみたいのですが・・・」と直接連絡をくれたのが、ぼくたちが出会うそもそものきっかけだったと思う。
その日、BMWのR80GSベーシックに乗り、サバンナスーツに身を固め少し挑戦的な眼をしてぼくの前に現れた青年のことを、なぜか今でもよく覚えている。それは彼が以前ぼくが長らく乗っていたのと同じOHV系のGSに乗っていたからか、あるいはその眼の奥に、若かりし日の自分の姿が垣間見えたからなのか・・・それはともかく、ぼくはときおりこんなふうにして、ぼくのもとにやってくる意欲ある若者のことが好きだ。
というのも、ぼくもかつては同じように年長者のもとを訪ね、多くの経験者=ベテランの先輩たちに混じり、オフロードバイク(というよりは、はっきりとKTMといったほうがいいかもしれないが)を走らせるなかで、本当にいろんなこと(今思えばそれは単なるテクニックやスキルといったことよりは、オフロードライダー=バイク乗りとしての所作や立ち居振る舞い=礼儀作法みたいなものだったようにも思う)を学んできたという思いがあることと、自身のそんな体験から、ありていにいえばヨコの関係だけではなくタテの関係のなかでも、バイクに乗っていくことが大切だってことを知っていたから、時代は変わっても当時のぼくと変わらない思いをきっとどこかに秘めているに違いない彼らを、自ずと好意的に迎え入れてしまうのかもれなかった。
そんな川田くんからずいぶんとしばらくぶりの近況が届いたのは、今からちょうど1年前の2006年の夏のことだった。そして、その近況で、ぼくは彼が2005年に山形の天童にIターンして、1年間の農業研修を経て独立し2006年から単身稲作に取り組んでいることと、そのなかで彼が提唱しているモトアグリツーリスモというオフロードモーターサイクリングと農業体験を組み合わせ、そのことを通して自然や大地に触れることで、そこに既存にはない新しい発見創造の場をつくりだしていきたいという考えを実践しようとしていることを知った。と同時に、彼は昨年春にぼくが30年いた東京都心の高層階を離れて郊外の小さな一軒家で田舎暮らし自然暮らしをはじめ、そのなかでぼくもまた彼のいうm-ag-tとも一脈通じるようなことを最近考えてもいると知り、ケータイから届いたその短い近況は、よければ田んぼの収穫のころ山形にきませんか・・・と最後にそう結ばれていた。
ぼくが山形の天童を訪れたのは、晩秋というより、もう初冬といったほうがいいような昨秋11月の冷たい雨が降る日だった。はじめて会ったとき同様、その雨のなかをGSで現れた彼は、以前と変わることなくぼくには若く溌剌として見えたが、いつの間にかすっかり使い込まれているGSのディテールが、その間の幾ばくかの年月の経過を教えてもくれているようだった。
ぼくたちはお互い短いあいさつをかわすと、彼の田んぼ・・・収穫はすでに終わっていたが・・・をふたりして見にいき、それから彼の案内で天童市内のまるで隠れ家のような蕎麦処でおいしい昼食をともにしたあと、街道沿いの珈琲屋で日没までモトアグリツーリスモのことをあれこれを話し合い、最後に春になったらまた会おうと約束し、お互いに短いあいさつをかわすと、それぞれの帰路についた。
それからひと冬が過ぎた2007年の6月、ぼくは再び山形にいた。天童からさらにもっと山へとはいったところにある大蔵村の役場の担当者が、彼の提唱しているモトアグリツーリスモに興味を持ってくれたということで、もしかしたら村の協力のもと、何かイベントができるかもしれないということで、その下見と打ち合せをかねて川田くんとふたりで彼の愛機であるハチマルと、このところぼくの相棒として活躍してくれているHP2 Enduroの2台のゲレンデシュポルトを連ねて大蔵村へと出かけたのだった。
山形県の大蔵村は出羽富士として有名な「鳥海山」と修験道の山としても知られる霊峰「月山」を臨み、農業の神様である作神が宿ると言い伝えられる「葉山」山麓に位置する人口約4500人の山間の小さな村で、地勢的には最上地方の西南端に位置する。村の主要産業は稲作で、村内の四ケ村地区に広がる山あいの棚田は、日本の棚田百選にも選ばれるほどの懐かしく美しい日本の里山風景を残しているとともに、ブナやミズナラといった広葉樹の巨木が林立する森や、美しい水辺の植物が自生する湖沼など、豊かでみずみずしい手つかずの自然が村の至るところに残っている。
その日、福島の白河から400kmほどののランをこなして、大蔵村へと到着したぼくたちをこころよく出迎えてくださったのは、村役場の早坂勇一さんだった。ちょうど棚田の田植えが終わったばかりということで、さっそく棚田を案内していただき、しばしその見事な眺めを堪能したあと、役場近くの食堂で夕食をとりながら、川田くんは改めて彼の考えているモトアグリツーリスモについて早坂さんに説明をはじめた。ぼくは彼の脇でただそれを聞いていた。というのも、もともとこれは彼の考えたことだったし、それ以上に、ぼくはこのモトアグリツーリスモの最初の賛同者でありたいと、当初から強く思ってもいた。だからことさらに口だしするつもりもなかったし、去年の秋に「一緒にやってください」と彼から申し出を受けたときも「協力は惜しまないけれど、川田くんが自分で考えことを起こすことが大切なことなんじゃないか」という一見冷たい態度を示していたのも、実はぼくのなかには彼や彼の提唱するモトアグリツーリスモに対して、そんな思いがあったからでもあるのだが、川田くんはそのことをわかってくれていただろうか。
結局、その日の話し合いで、「そういうことなら大蔵村でここ数年開催している毎年秋の農作業体験の集いワーキングホリデーにあわせて何かイベントをやったらどうか」ということでとりあえず話がまとまり、ぼくたちは早坂さんにお礼をいって、すっかり日も暮れた夜のたんぼ道をキャンプサイトへと向かって2台のゲレンデシュポルトを走らせた。
翌日は朝から村の周辺をバイクで見て回ることにした。ひとしきり見てから村はずれの牧場の丘のうえまでバイクで駆けあがり、エンジンをとめてどちらともなく口をついて出たのは「この素朴で美しい山あいの小さな村にバイクで押し掛け、安易にイベントをやることが果たしてモトアグリツーリスモが本当に意図するものなんだろうか」という素朴な疑問だった。答えは明白だった。「いや、そうじゃなくて、それは将来へ向けた持続可能な新しい試み(取り組み)として存続してこそ意義のあることだろう」「そう、だったら、まずはぼくたちがその実践者となり、それぞれの持ち場で取り組みをはじめることこそ大切なんだろう」
後日、ぼくたちのその考えを聞いた大蔵村の早坂さんも「むしろそのほうが村にとっては、良い結果が得られるのではないか」と、モトアグリツーリスモはよくある既存のイベント的なものではなく、それ自体がひとつの考え方であり、行動の規範であり、いずれそれは21世紀のバイク乗りの新しい指針にさえなる大いなる可能性を秘めた、これまでにない試み(取り組み)だということに理解を示してくださった。
この秋に開催されるワーキングホリデーに参加するべく、ぼくたちはまた2台のゲレンデシュポルトを連ねて、再び大蔵村を訪れる予定だ。
モトアグリツーリスモ・・・この将来へ向けて持続可能なぼくたちの新しい試み(取り組み)に、神のご加護がありますことを・・・。
■ARJ2007年8月号に寄稿したものを再録しました。

川田くんが昨年手塩にかけて育てていたのが、この「雄町」という品種で、食用米ではなくお酒(日本酒)の原料となるいわゆる酒米。もともと岡山が原産ということで、山形ではこれまで作付けされた前例がなく育てるには難しい米だということだが、川田くんは地元の蔵元と、同じく地元で全国各地の地酒にこだわった酒販店の担当者・・・どちらも川田くんと同世代の次代を担う若者だそうだ・・・との三者でプロジェクトを立ち上げ、この雄町の作付けに挑戦。その後、いくばくかの紆余曲折はあったものの、結局彼の努力と収穫した米の品質が認められ、川田くんの雄町は地元の酒蔵でお酒になることも決まった。彼の手がけた稲=米が天童(山形)のおいしい地酒となって市中に出回る日も、そう遠いことではないだろう。またこの「雄町」という酒米について、原産地の岡山から報告できる機会もあるかもしれない。山形は秋田や新潟と並ぶ日本でも有数の米どころであり、市街地をほんの少し離れるだけでこうした風景を眼にすることができる。米=水稲とはいうまでもなくぼくたち日本人の主食であり、毎日口にしない日はないものであるわりには、それを育ている稲作のこと、田んぼのこと、農家のこと、さらには日本の農業の現状や地域における農業政策のこと、あるいは、その米が生産者である稲作農家から消費者である僕たちの手元に届くまでのライスビジネスのことなどなど、あまりにも何も知らないでいた自分に、ぼくは今回川田くんに会うことで唖然とさせられもした。今年彼は去年も手がけた雄町に再び取り組むほか、無農薬でのこしひかりの生産にも挑むことになっていたが、諸般の事情で今年の米づくりは断念。来年こそうまくいくことを期待したい

彼が川田和彦くん。防衛大学校から海上自衛官を経て、いくつかの一流企業でエンジニアとして働いたあと、2005年に山形へIターン。1年間の農業研修を受け、昨年「稲作群青」として独立するという異色のキャリアを持つ若き農業青年。R100GSのタンクを装着したR80GSBasicに乗るGS乗りでもあり、オフロードモーターサイクリングと農業体験を組み合わせ、それを通して街に住むバイク乗りに自然や大地=ガイアのことを感じるなかで、さまざまなひらめきや発見を得る場を創造しようというmoto-agri-tourismoを提唱。現在地元自治体の協力のもと、それを具現化した企画を実現するべく、稲作のかたわら孤軍奮闘東奔西走の多忙な日々を過ごしている

大蔵村産業振興課(農地主査兼農地係長、農業委員会農地係長)の早坂勇一さんは、山形にIターンし、日本の農業の未来をになっていくべき人材のひとりでもある若き農業青年の川田くんのよき理解者だ。彼の提唱するモトアグリツーリスモという試みに興味を持ち、今回、村として協力していただけることとなった


西川町から大蔵村へ向かう国道458号線は今もダート区間が残る、山深いルートを延々といくとても国道とは思えない道。大蔵村との境にある十部一峠から先は通行止めとなっていた

村内のキャンプサイトでバイクとともに一夜を明かした。大地のうえに身を横たえ、自然の息吹を感じながら、心地よい眠りに身をまかせる。これもまたMAgTなのだ

今年7月に開湯1200年を迎えた村内の肘折温泉は知るひとぞ知る東北の隠れた名湯

大蔵村の四ケ村にあるミズナラの森。しっとりと水分を含んだ足元の腐葉土は、歩くとまるで天然の絨毯のようにふかふかで、ブーツのくるぶしまで沈みこむようだった。しばし歩をとめ、そのままの姿勢で耳を澄ましていると、やがてどこからともなく巨木たちのささやきが聞こえてきた

四ケ村の棚田のなかを縫うように伸びる農道をエアヘッドのGSを慈しむように走らせる。GS乗りにとっては至福のひととき

美しい水辺の植物が印象的だったキャンプサイトそばの沼

森のなかの小径にそろりとGSを忍び込ませる。木漏れ日を浴びながら、みずみずしい森の空気を胸いっぱいに吸い込む

村はずれにある牧場の丘のうえまでハチマルとHP2を走らせた。振り返ると、目の前に残雪を抱いた月山と遠く鳥海山をのぞむことができる

日本の棚田百選にも選ばれている大蔵村の四ケ村地区に広がる棚田。四ケ村とは豊牧、滝の沢、沼の台、平林の4集落を総称する呼び名で、その歴史は古く鎌倉時代初期(1204年)の起源とされている。世帯数約100戸、人口約500人の山間の小さな集落だが、棚田は120ヘクタールにもおよぶ


ハチマルGSとHP2エンデューロ・・・今回の大蔵村への取材行にぼくたちを運んでくれたのが、川田くんの愛機であるR80GSと、このところぼくの相棒として活躍中のHP2 Enduroの2台のフラットツインだ。エアヘッドと呼ばれるOHVのフラットツインを搭載し、今となっては少し「旧さ」を感じさせるものの、その走りっぷりはまだまだ一線級の実力を秘めるハチマルと、そんなかつてのGS=ゲレンデシュポルトへのオマージュとしてBMW自らが丹精込めて作りあげた現代のゲレンデシュポルトでもあるHP2とのあいだにある25年の時の隔たり・・・それを感じながら、この新旧2台のゲレンデシュポルトを連ねていく今回の山形への旅は、それはそれでまた感慨深く、ぼくにとって一生忘れ得ない思い出ともなった。福島の白河から素晴らしいルーティングで終始前を走って道案内を努めてくれた川田くんには、この場を借りて、改めて感謝したいと思う
■大蔵村ワーキングホリデー参加のおさそい・・・
本文でも記した今年秋に行われる大蔵村のワーキングホリデーへ、ぼくたち(川田&松本)と一緒に参加し、モトアグリツーリスモという試みに賛同し連帯していただける有志の方を募ります。同ワーキングホリデーは9月29日/30日が稲刈りなどの体験を行う農作業体験、10月20日/21日が杉など樹木の枝打ち、間伐の体験を行う森林作業体験のふたつの日程での開催が予定されています。どちらかひとつのみの参加でも構わないので、参加希望者を広く募ります。希望される方は8月31日までにオンザロードまで、その旨メールにてご連絡ください。こちらでみなさんの申し込みをとりまとめ、大蔵村へ参加希望を打診いたします。なおワーキングホリデーには定員があるため、必ずしも全員の参加が可能になるとは限らないので、その点あらかじめご理解ご了承いただくともに、人数に限りがあるときはメールの先着順とさせていただきます。また来年夏には、この秋の農業林業体験者(希望申し込み者も含む)を対象にした大蔵村でのラン&キャンプの集いをやりたいと思っています。
http://www.vill.ohkura.yamagata.jp/
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